AYUMI ARCHITECTS AND DESIGN

お互いの思いを受け入れること
その積み重ねが未来をつくる

もしもの時の転ばぬ先の杖であり、
人生の変化や節目に関わる保険。
それを扱う人も、お客様の気持ちに
寄り添う繊細さが求められます。
訪れる人を懐深く受け入れながら、
お客様の心と生活を守る。
お互いをゆるやかにつなぐ空間で、
働く人にも自然と会話が生まれる。
「まちの保険屋さん」の事務所は、
さまざまな人の思いを受け止め、
調和させるプロセスで誕生し、
さらに変化と成長を続けています。

STORY

開かれた空間とお客様を守る姿勢
働きやすさも実現した保険事務所

北海道滝川市の地域に根ざす保険代理店として、生命保険や損害保険などを取り扱う有限会社前野保険事務所。お客様に合った保険を選びから、もしもの時の事後対応まで、常に寄り添う姿勢がお客様を呼び、従業員も増員して歩んでいます。
その事務所の在り方を体現する新事務所の設計に、アユミ建築設計代表の伊東祐一とスタッフの押野哲也、菊田梨紗がチームで挑みました。また、地元滝川市出身のインテリアデザイナー、野澤健さんがさらに磨きをかけたデザインに仕上げています。
その建築のプロセスについて、関わった皆さんに語っていただきました。

前野 武男(まえの たけお)

有限会社前野保険事務所 取締役会長

北海道滝川市生まれ。15年間勤務した地元信用金庫を退職後、東京海上火災保険(当時)の研修生を経て1978年独立。1982年に法人化し、有限会社前野保険事務所を設立。65歳時に社長交代し、現在会長職。趣味の剣詩舞、詩吟、相撲甚句等の芸能活動の他、地域の方々が気軽に利用していただける多目的スペースの運営をしている。滝川市文化連盟では副会長を経験した後、現在は参与として活動。

前野 史賀(まえの ふみよし)

有限会社前野保険事務所 代表取締役
AFP(日本FP協会認定・2級ファイナンシャル・プランニング技能士)
ライフプラン診断士
NPO法人日本FP協会 道北支部 支部長

北海道滝川市生まれ。北海学園大学経済学部卒業。1992年に北海道中央バスに入社し、グループ会社の旅行会社に出向。経理、労務管理を担当する傍らでお客様と直に接することのできる「営業」の仕事に魅力を覚え、1999年に前野保険事務所へ入社。現会長が65歳時(2009年4月)に代表取締役交代。個人客、法人客を問わずさまざまな保険を取り扱う。保険以外では、生活に関わるお金回りの相談からライフプランの作成を行う。

前野 有治(まえの ゆうじ)

有限会社前野保険事務所 専務取締役
ライフプラン診断士

北海道滝川市生まれ。1996年に大学卒業後、リフォーム会社へ1年半勤務。長きにわたりお客様のお手伝いができる家業の保険会社に魅力を感じ、東京海上日動火災保険の研修生を経て、2000年に前野保険事務所に入社。2009年4月に専務取締役に着任。損害保険・生命保険に関して一人一人に合わせた提案を心掛け、提案からアフターまで満足いただけるサービスを目指している。

HISTORY
2022.09.12
HPお問合せ
2022.11.17
初回提案
2023.06.09
設計完了
2023.06.30
地鎮祭
2024.01.30
工事完成
2024.03.01
オープニングセレモニー
「お客様のために」を追求した45年
取締役会長の前野武男さん
前野保険事務所のこれまでの歩み、お客様への姿勢はどのように培われてきたのでしょうか。

前野武男会長(以下、「会長」):私は地元の信用金庫に勤めた後、東京海上火災保険での研修を経て、保険代理店を立ち上げました。大企業に営業をするよりも、個人のお客様にコツコツ尽くしていくことが性に合っていると思い、地元の滝川でカバン一つ、机一つから始めました。まず事務所兼自宅を建て、改装した車庫に机を置いて人を雇用し、さらに手狭になったので33年前に以前の事務所を建設。2階は貸しスペースとして地域の人に解放し、そこは今も継続して運営しています。
その後、今の社長と専務である息子二人が会社に入ってくれました。私は結婚した時や家を建てた時より、その時が何よりうれしかったです。私が65歳の時に二人に経営を譲り、私は会長職に。その際、「お客様のために」「誠心誠意」「信頼と永続」を柱にした経営理念を作りました。これらは、創業当時から私が心掛けてきたことを二人が言葉にしてくれたものです。
お客様は二代、三代にわたってお付き合いさせていただいている方が多く、私たちの考え方がお客様にも伝わっているのではないかと思っています。

代表取締役の前野史賀さん

前野史賀社長(以下、「社長」):創業当初のメイン商品は自動車保険で、車が増えると同時に保険も売れた時代でした。私たちが引き継いだのはそれが一段落した時です。私がこの業界に入って感じたことは、お客様の多くは保険の仕組みをよくわかっていないということです。私たちは、保険の仕組みをお客様に丁寧に説明してわかってもらえるような仕事をしていこうと専務と話し合いました。私たちが目指しているのは、「こんなに丁寧に教えてくれた」「初めて自分が納得できる保険に加入した」と感動していただけて、その体験を誰かに伝えたくなる営業です。
保険はお客様が普段は考えない先の出来事を想定して準備するもので、本来は社会保障制度を補完するものであり、それを活かす方法を上手に伝えられる会社でありたいと考えています。お客様に感動していただける営業を追求することで、お客様から紹介が来る会社に育ってきている実感があります。
当社の社員にはノルマはなく、役割チャレンジ制度というものを作っています。一人一人がその年に会社やお客様に対して貢献する目標を立て、それを評価する制度です。数字の目標もありますが、それ以上にお客様にうまく伝えられたか、喜んでもらえたか、感動してもらえたかを大切にしています。

専務取締役の前野有治さん

前野有治専務(以下、「専務」):私がこの業界に入ったのは、父を尊敬していることと、一人ではできない仕事でありながら、ある程度自分が出口まで責任を持ってできることに興味が湧いたからです。 また、会長や母親の仕事を見ていて、入り口として保険を販売する時だけでなく、出口として保険を使う時に、お客様に対して気遣いや心遣いを一生懸命にしていることを強く感じました。それがお客様がお客様を紹介してくださることにつながっていると感じ、社長と共に作った経営理念のベースになっています。この経営理念を改めて言語化することで、社員にも考え方が浸透しやすくなったと思います。

事業が拡大する中で、新事務所の建築へ
営業スタッフと事務スタッフの連携を考えてレイアウトされた旧事務所
新事務所はどのような経緯で建築することになったのでしょうか?

社長:当社は営業スタッフと事務スタッフがペアを組む体制で、保険代理店としては事務スタッフの人数が多い会社です。ペアで動きやすい席の配置にしていたのですが、人数が増えて狭くなったため、営業と事務にデスクを分けたら、コミュニケーションが取りづらくなったのが課題でした。また、お客様のお金や病気などセンシティブな話をする上で、プライベート空間を保つことが難しくなっていました。
そこで、創業40年を迎えた2019年ころから新事務所に移る話が出ました。当初は建物を購入してリフォームという案もありましたが、お客様が気軽に入ってこられて、豪雪地帯なので雪も捨てられる広い場所が必要だと考え、この400坪の土地を購入しました。ただ、この土地をどう活用するか自分たちでは何も考え付かず、知り合いの社長さんから伊東さんを紹介してもらいました。

当社代表 伊東祐一

伊東祐一(以下、伊東):ご紹介いただいてお三方から話を聞いた時、印象的だったのが、「お客様を迎える時の印象はこう」「お客様と話す時の状況はこう」とありたい思いは強いのですが、間取りや部屋の具体的なご要望は全くありませんでした。その段階で提案することもできますが、思いをしっかり汲み取るためにもう少し深掘りすることにしました。
打合せの最初の3回くらいは図面を書かずにひたすら話してもらって、聞くのみ。「接客スペースはプライバシーに配慮したいけれど、入りやすくて話しやすい雰囲気にしたい」「接客しているスタッフの状況を他のスタッフも把握したいけれど、オンラインでの打合せなどもあるから声が漏れないように」など相反する要素もあり、そこを詳しく聞いて整理していきました。
当社で設計し2022年に完成した建設コンサルタント会社の株式会社エーティックさんの社屋もご案内し、経営改革のプランを聞きながら進めたプロセスについてもお話しし、参考にしていただきました。
そこでだいたいの方向性が見えてきたところで、たたき台のプランをご提案しました。

社長:じっくり話を聞いた上でプランを出していただけたので、一瞬で気に入りました。お客様が入ってきた時に、中が見えずにブザーを押して呼び出すのではなく、まずスタッフの顔を見て安心してほしいという考えが先にあったので、オープンな受付スペースを確保。スタッフのコミュニケーションを良くしたいから、フリーアドレスにすることを想定して執務室はワンフロアーに。でも、応対する時はプライバシーを守るために相談室を作るという形で実現していただきました。

専務:いただいたプランには、私たちの思いが詰まっていましたね。打合せのプロセスを通して、自分たちも残したい部分と時代によって変えたい部分が明確になったと思います。残したい部分は、社員同士がお互いの状況を把握し、情報共有と助け合いをしている部分ですね。また、インターネットや通信販売でできない人の温もりを感じるサービスを、私たちは提供できると自信を持つことができました。
保険の営業は、以前はお客様のお宅にお邪魔するのが主流でしたが、家の掃除などがわずらわしくて、事務所に行った方が楽だというお客様が増えており、スタッフも積極的にお客様を呼ぶように変わってきています。そのため、お客様が来やすくする雰囲気づくりに気を配っていただきました。

ご要望をじっくりヒアリングした上で提案した基本設計時のプラン

会長:創業当初は事務所が狭かったこともあり、基本的にいつもお客様のところに訪問していました。当時は集金も自分たちでしていたので、給料日になると次から次へとお客様を訪問しなければならず、月光仮面営業などと呼ばれた時代でした。
今も年配のお客様はご自宅に伺うことが多いですが、若い世代の方は事務所に来られる方が多いですね。

伊東:ご要望の中で、そのまま実現したことは半分くらいかと思います。他は、議論の中で高めたり置き換えています。
社屋を作る時、社長室を軸に考える会社も多いですが、前野さんの場合は社長も専務も、部屋はあってもなくてもいいというお考えで、結果的にお二人の部屋はかなりコンパクトになりました。自分たちよりお客様やスタッフ、という視点を強く感じました。
レイアウト的には、車を降りて入ってきて、応対の空間に入るまでをどう組み立てるかに時間をかけましたね。そして、接客を個室にするかどうかもかなり議論しました。

会長:社長室や専務室も、欲しいことは欲しいんですよね。だけど、2人ともまずは従業員の働く場所をきちんと作るということを優先に考えたんだと思います。

好みと意見を引き出し、理念で絞り込む
当社スタッフも打合せに参加し、社内コンペでプランを練ってご提案
建物のテイストや雰囲気に関しては、皆さんの意見をどのように調整したのでしょうか。

専務:そこは、伊東さんが上手にまとめてくれたと思います。それぞれ考え方や好みも違うので、構築するのは難しいと思っていました。

伊東:皆さんの考えるイメージを言語化するのは難しいですから、イメージ写真を見て選んでいただくなどして全員の好みと意見を引き出しました。そうして話を広げた後で、お客様に喜ばれるかという視点でジャッジしましょうと話をまとめる方向に持っていきました。
その中で、木の温もり感の中でお客様を迎え入れ、寛げる空間を作るという方向性が出てきたので、最終的にはとあるカフェを皆さんと見に行き、「この雰囲気がいいね」と意見が一致しました。

社長:私たちも最初は迷っていたところがありましたが、具体的なイメージを出していただいたり全員の意見を聞いていただいたりした上で伊東さんに導いていただいたので、まとまりやすくなったと思います。

伊東:また、当社の取り組みとして、設計スタッフの押野と菊田もプランの作成に参加しました。私を通して指示を出すのではなく、打合せにスタッフたちも参加して皆さんのご要望を直接聞くところから案を作成しました。その上で、平面プランや外観デザインの社内コンペを行い、勝ち負けではなくディスカッションして良いところを練り上げて提案しました。そういった積み上げの中で、今の形に至るまでのプロセスをスタッフが経験できたのはありがたいですね。
同じ話を聞いていても、スタッフから思いがけない提案が出てきたこともあります。「お客様に堅い印象を与えないように曲線を使おう」と外観にアーチ型を取り入れたこともその一つで、私一人では成し得ませんでした。
今後も社内プレゼンや意見を出し合うなど、上下関係ではなくチームで取り組む文化を作っていきたいと考えています。

野澤 健(のざわ けん)

Kouten Design Studio(コウテンデザインスタジオ) 代表/デザイナー

北海道滝川市生まれ。2005年に北海道東海大学芸術工学部デザイン学科を卒業後、株式会社ゼロファーストデザインに入社。インハウスデザイナーとして自社商品やオーダー家具のデザインを担当する他、主に家具やインテリアに関わる企業の商品開発やデザイン、住宅や店舗のインテリアデザインを手掛ける。2019年に退社後、フリーランスのデザイナーとして活動を開始。2021年に活動拠点を地元の北海道滝川市に移し「Kouten Design Studio」を設立。

インテリアデザイナーとのコラボで新たな方向性
コウテンデザインスタジオ代表の野澤健さん
デザイン面のサポートとして、野澤さんが加わった経緯をお話しください。

社長:せっかく素敵なデザインの事務所を作るなら、机なども事務的なものではなくこだわりたいと考え、大手の家具屋さんに相談もしていました。その時に地元の信用金庫さんから、インテリアデザイナーとして東京で活躍し、3年前に地元の滝川に戻ってきた野澤さんを紹介されました。

野澤 健(以下、野澤):前野さんの事務所は昔から知っていて、親も保険に入っているので、ご協力できることがあればしますとお返事させていただきました。滝川に戻って3年になりますが、地元の方から紹介を受けて仕事をするというのは初めてです。地方におけるインテリアデザインや家具に対しての一般的な捉え方を鑑みると、コストを抑えるために既製品を組み合わせた方が良いのか、それともご要望を叶えるために特注製作になっても自由な提案をした方が良いのか、手探り状態から始まりました。
その時点では建物の大まかな配置やプランはほぼ決まっていて、すでに基礎工事も始まっていました。そこから伊東さんと話し合いをする中で、家具だけでなく内装材や調度品の選定、ロゴマークの見直し、サインや名刺などのグラフィックデザイン、庭や室内の観葉植物のディレクションなども手掛けることになりました。

見た目と機能で「入りやすさ」を実現
季節の変化を楽しめる庭は、見るだけでなく歩くこともできる
お客様を迎える上で最も重視された、「入りやすさ」の一つとして、庭やエントランスはどのように作られましたか。

社長:私は植物が好きで、旧事務所にも花や大きな鉢を置いており、緑があることでお客様の入りやすさにつながると思い、野澤さんに相談しました。

野澤:私も庭が専門ではないので、旭川で花や庭のデザインをしている古舘杏奈さんと、東川で造園業を手がける三上吉彦さんに相談し、社長のご要望を伝えた上で、植える木やデザインを決めていきました。

社長:庭を見るだけでなく中に入っていただきたいと考え、敷き石をブロックにして入れるようにしています。テーブルと椅子を置いて商談もできるのではないかと思っています。
植物は季節が感じられるように、花が咲くものや紅葉するものを入れていただきました。これから木が成長して、5年後くらいに完成するイメージですね。

伊東:お客様が訪れる最初の動線は、車で来ることを想定して建物の正面側に大きな車寄せと、さらに屋根のある廊下を作りました。冬も少しでも快適に来られるように、車寄せで家族を下ろし、運転手の方は廊下を通って入り口まで来ることができるようにしました。雪から建物を守る役割や、社員さんが最初に建物に入る時、最低限の除雪で入れるようにということも考えました。

新事務所を象徴するバーカウンター
板やタイルなど素材にこだわり、落ち着きのある雰囲気を醸し出す
そして、中に入ると特徴的なバーカウンターが目に飛び込んできます。ここはどのような発想から生まれましたか?

社長:ここは、私のわがままで作ってもらいました。私は若いころからアイルランドによく行っており、現地のアイリッシュパブの要素を取り入れたいと考えました。「保険屋さんにバーカウンターがあるなんて」と意外に思われるというのも狙っていました。
どういうイメージで作るのか、保険の事務スペースとバーカウンターにどうつながりを持たせるのか、伝えるのはなかなか難しかったですが、作ってみると事務所の顔になる良いものができたと思います。

野澤:保険屋さんは昼の営業が主なので、アイリッシュパブをそのまま再現すると開店前のバーのようになってしまいます。そこで、昼に使ってもおかしくない色や素材を使って、昼間のコミュニケーションの場として使えるスペースに落とし込みました。
天然木ならではの質感とボリュームが感じられるウォールナット材のカウンター天板、バーらしさを演出する金属製の足置きや、カウンターの腰壁の艶やかなタイル、壁に貼った使い込まれた古材の板など、使う素材にこだわったことで、本物のバーとして営業をしても遜色ない仕上がりになったと思います。
バーカウンターと受付スペースはエントランスから入ってすぐの顔となる部分なので、それらの位置関係は特に吟味し、バーカウンターだけが異質で他の場所から浮かないように心掛けました。バーカウンターの上部から会議室側にL字につながる壁面には大柄で遊び心のある壁紙を使い、バーカウンターと執務スペースがゆるやかにつながる雰囲気を演出しました。

社長:これからもっとイメージに合う小物などを足して充実させ、活用方法も考えたいと思います。社内の行事でも、ビールサーバーを届けてもらってここで宴会をしてみました。ゆくゆくは、お客様も招いて飲みたいと思っていますし、ここで商談もできると思います。

3つの顔を持つ相談室
相談室はテイストを変え3室、白をメインにした中性的なイメージの部屋
個室にするかどうか、最後まで議論された相談室は、どのように落ち着きましたか。

伊東:お客様のプライバシーが守られ、スタッフからは動きが見えるようにするため、大きな窓ガラスを付けて視線は通すけれど、話は聞こえないようにしました。

専務:相談室は3つ作りたいと考えました。一つはお子さんが安心して過ごせるような温かい雰囲気に。以前もスタッフの子どもの保育園が休みになったなどの事情で休憩室に1日いることがあり、そのような時に使うことも想定しています。

野澤:3つの部屋は基本的に同じ構成になっていて、色と素材を変えて違うテイストを出しています。お子さん連れのための部屋は、アウトドアのイメージで壁紙と床を緑に、椅子もアウトドアチェアに。もう一部屋は白を基調にして明るいイメージ、もう一部屋はシックな色合いになっています。

専務:お客様によって、来店理由は違います。すぐ帰られるお客様は受付のカウンターでスタンディング、一時的に座ってお話するお客様は受付の座席、給付関係のセンシティブな話をするお客様は個室にと、使い分けができています。個室に入るとお客様は「ここに通してくれたんだ」と特別感があって喜んでくれていると思います。

天井の梁を見せて広がりを感じさせる
空間の広がり、音の聞こえ方も意識して作られた執務スペース
高い天井で梁をむき出しにするというデザインは、どのような考えから生まれていますか。

伊東:屋内の空間は開放感を持たせたいというご要望があり、それには天井を高くすることが考えられますが、単に天井を高くすると建物が大きくなり、コストも過大になります。そこで、天井裏の小屋組みを見せて空間を2メートルほど広げる提案をしました。
見学していただいた札幌のエーティックさんでも梁を見せて広がりを作っていたので、イメージがつかみやすかったかと思います。

専務:実際に完成して感じたことは、人の声が気にならないということです。以前の建物は、人の声が天井から反響していました。現在は、入ってきた印象も広く感じ、お客様にゆとりや心地よさを感じていただけていると思います。
当初の設計で執務室の中に入っていた斜めの筋交いをなくしてほしいとお願いしたので、伊東さんは大変だったと思います。

伊東:声の聞こえ感は意識して作りました。ドアや壁が全部ガラスだったらもっと声が聞こえたと思います。筋交いについては、特徴的な空間を活かしながら一般的な材料と設計手法の中に落とし込むよう、構造計算を繰り返して手間をかけることでカバーしました。

机と棚の工夫でフリーアドレスを実践
見た目の斬新さと仕事のしやすさを併せ持つ事務スタッフの机
執務室の机が六角形になっているところも特徴的ですね。これはどのようにしてできたのでしょうか。

野澤:社員さんの席はフリーアドレスにするということでしたので、手前側の六角形をつなげたような形の机と、奥側の正方形の机、2パターンの大きな島を作り、真ん中にちょっと立ってコミュニケーションを取れるようなスペースを作りました。六角形の机は、座った時に向かいにいる人と視線が少しずれるので落ち着くと思います。

社長:六角形の机は席にいることが多い事務系、正方形の机は営業系と分けて使っています。個人情報を扱う仕事上、保管場所には毎日鍵をかけなければならず、個人のスペースに分けて管理するのは大変だという社員の声があり、新事務所ではそれを一つのスペースにまとめて施錠する形にしました。

専務:事務所を移る1年ほど前からフリーアドレスにする準備として、パソコンもデスクトップからノートパソコンに変えて、紙も極力減らしていました。実際にフリーアドレスになり、毎日違う場所に座って、コミュニケーションも取りやすくなっていると思います。
パンフレットや帳票など、共通で使うものを置く場所の希望も野澤さんに伝えて、棚を作ってもらいました。

お互いの意思を尊重する協働・共創
設計意図を汲んで施工していただいた林工務店の金子純也常務取締役(左)
伊東さんと野澤さん、また施工会社である砂川市の林工務店さんとの連携はいかがでしたか。

伊東:野澤さんとのコラボは楽しかったですね。お互いの立ち位置やスキルを尊重して生かすことが、今回はとてもうまくいったと思います。社内では出なかったアイデアが出てきて、建築を一段上のステージに持ち上げてくれたと感謝しています。

野澤:私も、新しい方と仕事をすると学べることが多いので、非常に勉強になりました。伊東さんには提案したことを柔軟に受け入れていただけました。地元で私の名刺代わりになる仕事ができたことも、ありがたいと思います。
社員の皆さんの働き方も変わってくると思いますが、お客様や地域の方から見て「前野保険事務所ってかっこいいな」と思ってもらえるような会社になると良いと思います。

社長:服装なんかもアドバイスしてもらったんですよ。以前はかっちりしたスーツを着てネクタイをしていましたが、今はオフィスカジュアルになっています。

伊東:隣町の砂川市に拠点がある林工務店さんは、前野保険事務所さんともつながりがあり、私も以前から信頼しており、今回のプロジェクトには絶対に関わってほしいと思いお願いしました。杓子定規ではなく設計意図を汲んで、自分たちで受け止めて作ろうという姿勢を持って造っていただけたのが大変ありがたいです。

思いを受け入れ成長する建築に
携わった皆さんとのチームワークにより完成しました
このプロジェクトを通して感じたことや、これからの展望についてお話しください。

社長:設計から完成の間、会長と私、専務で打合せをしてきて、社員には後付けの報告になってしまった反省はありますが、このような気持ちで作ったのだと報告する場面がありました。そこで社員が気持ちを汲んでくれて、この建物を生かして営業につなげていきたいとか、会社の発展につなげていきたいと話してくれています。社員が事務所にお客様を呼ぶことも増えましたし、ここで働くことをうれしく思ってくれているのではないかと思います。
これから進化させていきたい部分もあり、例えば事務所のシンボルとしてフラッグやのぼりのようなものを作りたいので、野澤さんに相談しようと思っています。

専務:伊東さんに頼んで良かったと思うのは、当社のカラーや思いと似ていると感じたところです。事務所を建てると決まってから、以前の事務所の良いところや改善点を振り返ることができ、良かった部分をうまく今回の建築に取り入れてもらいました。先ほど、伊東さんは私たちの要望を取り入れた部分は半分くらいとおっしゃいましたが、私の印象ではもっと多く取り入れてくれました。この社屋にも会社の一員として働いてもらい、活用していきたいと思っています。社員も今の時代に合った働き方に少しずつ慣れていけると考えていますし、フリーアドレスの自由な働き方ももっと進化させていきたいですね。

社長:小さな町なので、このような斬新な事務所ができたことが話題にもなりましたし、今後はお客様の幅を広げるためにも話題性のある取り組みを増やしたいと思います。例えば広い駐車場があるので自慢の車やバイクのイベントをしたり、バーカウンターを活用してワイン会などを開きたいと思っています。

伊東:お客様目線の会社は、正直たくさんあると思います。でも、打合せを通して感じたのは、前野保険事務所の皆さんの懐の広さと、いろいろなことを受け止めて許容し、考えて答えていく姿勢です。お客様目線で動線やルールを作るのは簡単ですが、いろいろな人がいる中でそれに対応していこうとするところに、本当のお客様目線を感じました。
それも時代と共に変わっていくと思いますので、建物も完成したら終わりではなく、変化に対応する余地がある建築にしたいという思いを持って設計しました。ですので、変わっていくのもうれしく思っていて、完成時よりもさらに建物が良くなっていき、長く使っていただきたいと思います。

有限会社 前野保険事務所
北海道滝川市東町2丁目6番22号
TEL 0125-23-0556
https://hokenya3.com
Kouten Design Studio
北海道滝川市栄町2丁目1-16
TEL 0125-23-0556
https://kouten.design
  • 文:細川美香(合同会社ハーヴェスト)
  • 写真:寺島博美(コトハ写)