STORY
地域の人の健康を多方面から支える
気軽に訪れたくなるクリニック
身近にあって気軽に訪れ、生活習慣を見直すことで疾患の重症化を防ぐ役割を持つ地域のクリニック。札幌市北区麻生で、4年の間に地域の人の健康を支える存在となった“あさぶハート・内科クリニック”では、新たに歯科医院とフィットネス、カフェの機能も併せ持つ包括的心臓リハビリテーション施設として、“あさぶハート・心リハクリニック”を開設することになりました。
福島新院長の構想のもと、アユミ建築設計代表の伊東祐一がスタッフ全員からのヒアリングを通して想いを実現する複合施設を体現しました。新たな医療機関の形である心臓リハビリテーション施設とは何か、ここで目指した理想の姿について、二人に対談していただきました。
福島 新(ふくしま あらた)
医療法人 新楓和会 理事長
札幌市出身。北海道大学医学部医学科卒業後、北海道大学医学部附属病院、道内各地の病院で循環器内科診療に従事。博士号取得後、カナダ・アルバータ大学に博士研究員として留学。2019年あさぶハート・内科クリニック開院、院長就任。2023年あさぶハート・心リハクリニック開院。
HISTORY
- 2021.11.08
- 顔合わせ
- 2021.12.08
- 初回提案
- 2022.03.31
- 設計完了
- 2022.05.29
- 地鎮祭
- 2023.03.10
- 検査済証交付
- 2023.04.01
- 開院
多方面から重症化を防ぐための複合施設を
“あさぶハート・内科クリニック”に続く分院として、“あさぶハート・心リハクリニック”を開設することになった経緯をお聞かせください。
福島新(以下、福島):2019年にあさぶハート・内科クリニックを開設しました。私は北海道大学医学部を卒業後、血液を循環させる心臓や血管を診る循環器内科の医師として道内の病院などに勤務しながら心臓リハビリテーションの研究をしていました。博士号を取得後、2013年からカナダのアルバータ大学で2年間研究員として留学をする機会を得て、帰国後は北海道大学病院の助教として重症患者の心臓移植などに携わりました。
しかし、カナダでの経験から思うところあり、一念発起して開業することにしました。北海道大学では心臓移植にまで至った患者さんを診ていましたが、カナダでは新規性の高い心不全の研究をしてきたこともあり、「もっと手前で予防できなかったのか」と考えるようになったのです。そこで、消化器内科医の弟(福島拓先生)と一緒に、早い段階から患者さんを診て重症化を防ぐ地域のクリニックとして“あさぶハート・内科クリニック”を開業しました。
地域に根付いたクリニックを目指して、2020年に新型コロナウイルスが猛威をふるった際は発熱外来も開設し、「麻生の患者さんはどんなことがあっても受け入れられるようにしよう」と使命感を持って取り組みました。4年間経つと、周囲の医院の世代交代もあり1日100人を超える外来患者さんが訪れるようになりました。
大変うれしいことですが、半面一人の患者さんにかけられる時間が短くなってしまいました。開院当初は、「大きな病院は敷居が高い、クリニックは家と病院の中間としてちょっとした困りごとも相談できるところにしよう。それが早期治療につながる」と考えていましたが、理想から少し離れた状態になってしまったのです。そこで、分院を開設することを考え始めました。
分院の名前の“心リハ”とはどのようなものですか?
福島:心臓や血管の疾患は生活習慣が原因であるため、初期では薬に頼らず、軽い運動や塩分を減らすことで良くなる場合も多いです。私はリハビリテーションの基礎研究をしていたのですが、心臓の筋肉である心筋は一度障害されると戻りにくい一方、第二の心臓と呼ばれる骨格筋は鍛えて発達させることで血液の全身への循環を助け、心臓の機能維持につながることがわかっています。そのための運動療法と、栄養・服薬・生活指導を組み合わせ、医師・薬剤師・管理栄養士・理学療法士・健康運動指導士・看護師などの多職種の専門家が協力して行うのが、包括的心臓リハビリテーションです。
入院中はよく行われていますが、外来でそのようなリハビリテーションを行っている医療機関は全国的にごく少なく、求めている患者さんに応えて全国に発信していきたいと思い、外来心臓リハビリテーションを標榜したクリニックを構想しました。また、食べ物は口から入りますから、口腔機能が衰えると糖尿病や動脈硬化などさまざまな疾患が加速してしまいます。そこで、歯科医である私の妹(関口千史先生)にクリニック内で診療を担当してもらうことにしました。
そのような専門的な機能を持っても、敷居が高く来院しづらいと意味がありませんので、憩いの場となるカフェを設けて、初診の患者さんもリハビリテーションを利用する患者さんも来たいと思えるような場所にしたいと考えました。加えて、スタッフも50人以上に増えましたので、食事や休憩ができるスペースも必要でした。循環器内科、歯科、運動ができる施設、カフェ、スタッフのためのスペース、これらを備えた建物にしたいという考えがまとまりました。
20人のスタッフ全員からヒアリング
アユミ建築設計とは、どのような経緯で出会ったのでしょうか?
福島:このように複数の機能を持たせるには多くの設備が必要ですし、期間も限られているので、かなり大変だろうと予測がつきました。大手の建設会社でないと難しいと思い、奥村組さんに相談したところ、紹介されたのが伊東先生でした。医療機関を多く手掛けられていること、私の大学の後輩が開院した歯科医院も担当されたと聞き、見学に行きました。そこで、医科にはあまりないおしゃれで先進的な内装に心惹かれました。そして、お会いしてお話したら人柄も素晴らしいと感じ、是非設計をお願いしたいと思いました。
伊東祐一(以下、伊東):そう仰っていただけるとありがたいですね。奥村組の伊藤昌徳部長とは18年ほどのお付き合いで、ご紹介を受けてまずお話を聞きたいとお返事しました。福島院長にお会いしてお話を聞くと、なかなか盛りだくさんな内容でしたが、設計をしたいと直感的に思いましたし、時間や内容を考慮してもできると判断し、次のステージに進みました。
その後、限られた時間の中で最大限にご要望を吸い上げるために、福島院長だけから話をお聞きするのではなく、スタッフ全員から直接意見を聞く機会を設けていただくようお願いしました。診察の後に残っていただき、分院に関わる総勢20名の大ヒアリング大会を行ったのです。
福島:全体と部門ごとに分けてのヒアリングを、2〜3時間かけて4〜5回行っていただきました。ここまでやってくれるところはないと思いましたね。いざ建ててみて使いづらいとなると心苦しいですし、医療の質も下がりますので、最初に全員の要望を吸い上げるプロセスを踏んでいただき、私もスタッフも伊東先生にすっかり心をつかまれました。
伊東:初回はほぼフリートークで自由にご意見をお話しいただき、通常であれば次の回ではプランを出すのですが、この時は要望だけ箇条書きで一覧にして見ていだだきました。すると、お互い医療と建築の業界にいるのでニュアンスが伝わっていないこともあり、「これはそういう意味ではない」というところがいくつかありました。そのすり合わせにも、スタッフの皆さんには能動的にお付き合いいただきました。
現状の不満を言うなら簡単ですが、「こうなったら良い」という未来のことを想像しながら話すのは難しいものです。それをスタッフの皆さんが考えてくれて、福島院長が最終判断をしてくださる。自由に意見を出し合いながら、全体がまとまっていました。これは共に働く皆さんにもともと一体感があり、ビジョンが共有されていてのことだと感じましたね。「こうしたらもっと良い」という意見がプラスされ、練り上げられてからプランの作成に入りました。
福島:私たちは建築に関しては素人なので、少々無茶な要望もあったと思います。「これはできるかわからない」と思いながら発言したものもありました。それも、伊東先生は「できない」と言わず、必ず受け止めた上で厳しいものは代替案を出してくださいました。
話しやすい空間を作り否定しない、聴く力と提案力は医療と同じだと思い、勉強になりました。診察でも患者さんは医師から否定されると話せなくなります。手術ができなくてもカテーテルを提案するなど、その状況での最適解を導き出す方法を学ばせていただきました。
要望を咀嚼し最適解を見つける
皆さんの要望をまとめて、プランを作り上げる作業はどのように行ったのでしょうか?
伊東:ヒアリングを経て、やりたいことがリストアップされました。それをそのままプランに反映しようとすると矛盾が生じるものがあったり、現実的ではないものもあったりします。そこで、要望を一段階深めて咀嚼し、新しい可能性を見出していきました。
例えば、カフェは歯科の隣に置いて相乗効果を生むため2階にしたいという案でしたが、気軽に来てほしいと考えると1階にあって入りやすい方がいい、そこで1階と2階に吹き抜けを作れば、歯科とのつながりも生まれ楽しい空間になると考えました。
スタッフの休憩所は当初、各階に分散させる考えでしたが、4階に全部まとめて広い空間を取れるようにし、他の階のスペースも無駄なく活用できるようにしました。
3階の循環器内科と5階のフィットネスは大きく、4階はそこまでのスペースがいらないのでその分バルコニーを作って心地よい空間に。1階と2階はカフェと歯科でそれほど広くなくて良いので吹き抜けを作って開放的に、と全体をまとめ、福島院長にもご理解いただきました。
福島:限られた空間の中で、ボリュームが必要な部分とそうでない部分を要望の中から的確にくみ取って形にするのは、さすがプロの仕事だと感じました。結果的に、想像以上にどの階も広く感じます。それだけでなく、同じ階の中でも診察室、検査室、受付などスタッフの機能が近くにまとまっているのでお互いに連携を取りながら機動的に動くことができ、スタッフに一体感が生まれています。
伊東:これまで医療機関の設計に携わった経験と皆さんの話を聞いての想像から、スタッフの方がどんな1日を過ごすのか考えてプランに盛り込みました。
各階の動線は、実はヒアリングと並行しながら最初に考えていました。患者さんはエレベーター、スタッフは階段とはっきり分け、それを了承していただいたので、各フロアの両側にエレベーターと階段を置き、その間の空間を広く使えるようにしました。柱の場所や間隔も何通りも作って構造設計事務所と共に検証し、作りやすさやコストも含めて「これだ!」と思うところを見つけて提案させていただきました。
医療機関を感じさせないデザインと空間
実際に完成した建物を見ていかがでしたか?
福島:機能性もそうですが、デザインと両立しているところも素晴らしいと思いました。
医療機関を感じさせないシックでおしゃれな外観は想像以上でしたし、内装も受付カウンターの温かい雰囲気や、フィットネスのウッド系の色合いと間接照明など、フロアごとに表情があり、見ていて飽きません。
5階のフィットネスからは360度パノラマで周りの風景が見渡せ、この場所からこんな風景が見えるとは思いませんでした。
伊東:設計者として常に空間を3Dで捉えることには慣れており、10メートルの高さからどう見えるかを想像する訓練をしています。さらに周囲の建物の高さを調べ、3D-CADでも検証し、ここからきれいな景色が見えることはある程度想定していました。それでも、完成して見えた景色は想像以上でしたね。
福島:夜に灯りが灯ると、さらに外観が映えますね。3階から上が天空の城のように浮かんで見えて、通りかかると「あれは何だろう」と思うような不思議な感じです。
伊東:夜の面白い見え方は狙い通りになりました。このように外観に表情を作って、入りやすい、入ってみたい建物になるよう心掛けました。一般的に医療施設はできれば行きたくないところだと思いますが、本当は身近にあって気軽にかかるべきところです。なので、不安よりも好奇心や期待が勝ると良いと思っています。1階にオープンカフェを作ることもそうですね。「ここなら入ってもいい」と思ってもらえれば、中では素晴らしい医療を提供しているので、私は入る動機付けを頑張ろうと思いました。
福島:まさに、本院から分院を紹介することも多いのですが、地域の患者さんは通りかかって見ているので、「あそこなら行きたい」と言っていただけます。
1階のカフェは医療機関にあるカフェの雰囲気になるのは避けたかったので、カフェの設計を多く手掛けられているスタジオワンダーさんにロゴデザインやカフェのデザインを依頼しました。伊東先生にも、コラボしてもらいたいとお話ししたら快く承諾してくださいました。
伊東:スタジオワンダーさんとはお互い違う発想で理解し合える仕事ができたので、本当に良かったと思います。印象的なお花のロゴをデザインした野村さんと、最先端の知見をもとにカフェの内装をデザインした森さんはこの建物の条件のもとに最適な提案をしてくれました。患者さんの家族や地域の方にも幅広く利用してほしいと思っていましたので、医療機関の発想ではない感覚を持つスタジオワンダーさんとすり合わせができたのは良かったですね。
スタッフや患者さんに自然に会話が生まれる
稼働してみて、使い勝手はいかがですか?
福島:クリニックは内部の動きが取りやすく流れが早いことと、待合が広いことで、多くの患者さんを同時に診ることができ、同じ時間に待つ患者さんがいても待ち時間は短くどんどん回るようになりました。
カフェは開院15分前から営業しているのでちょっと待つのに利用したり、診察が終わった後に休憩に立ち寄ったりといった感じで気軽に利用されており、会話が生まれてコミュニティーができ始めています。フィットネスでも同様に励まし合える仲間ができたり、隣の学校法人の学生も利用しているので「若い人を見てやる気になる」と言われたりと、思わぬ相乗効果が出ています。
伊東:今のお話が聞けて良かったです。地域で年齢を超えて、患者さん以外の方にも広がっているのはうれしいですね。
福島:4階の休憩スペースでスタッフ同士の自然な会話が生まれているのも良かったところです。特に職種が違うスタッフ同士はこれまであまり接点がありませんでしたが、この休憩室のおかげでコミュニケーションが取れるようになり、違う職種同士で本音や建設的な意見が出せるようになっています。ここで大画面のテレビを使って、本院と分院をつないでミーティングやカンファレンスにも利用しています。
伊東:昔の医療機関は更衣室で昼食を取るなどという話も聞きましたが、快適な空間で食事をして楽しく会話をすることは何も贅沢なことではありません。また、会議室は会議室と分けると部屋がたくさん必要ですが、いろいろなことができる空間にすると、自宅のリビングのように効率的に使えます。応接室にはソファを置くところが多いですが、使用頻度が少ないと機能的ではないので、設えの良いテーブルと椅子を置くことでVIP対応も十分にできるようにしました。これから、内部のイベントなどにバルコニーも活躍させてほしいですね。
建物の主治医として長いお付き合いを
プロジェクトを振り返っていかがでしょうか?
福島:伊東先生のおかげで、希望していた包括的心臓リハビリテーションの複合施設が体現できました。今度はこの価値を全道、全国に発信していきたいと思います。内覧会にも500人以上の方が訪れ、地域の方も「ここに通いたい」「こんなクリニックができてよかった」と喜んでくれました。麻生の地域が明るくなったと思います。本当にありがとうございます。
伊東:院長に喜んでいただきたくて頑張ったので、その言葉を聞けてとてもうれしいです。施工に携わった奥村組さんがコンセントの位置まで最適になるよう要望を聞いてくれて、家具や什器を扱う取引先も細かいところまで対応してくれたので、統一感のある空間づくりが実現したと思います。
福島:私の妻(福島舞事務長)も伊東先生のファンになり、設計に関係ないことでも相談し、伊東先生はそれに応えてくださっていて、まるで建物の主治医のようだと思いました。医療でも、患者さんはこの人が主治医だと思ったら、専門外のことでも何でも相談してくれます。逆の立場として勉強になりました。これからも建物の主治医としてお願いしたいです。
伊東:主治医という仕組みは建築業界に欠けているところですね。完成すると終わりという場合が多いですが、実際は完成してから使う期間が何十年もあります。
今の時代、建物自体が朽ちることはそうそうないですが、時代の移り変わりと共に最適でない部分が出てきます。その時に、どこを変えるべきかなど相談していただけたら、時代に合う形で何十年も使える建物になります。そこにお付き合いできたらうれしく思います。
- 文:細川美香(合同会社ハーヴェスト)
- 写真:寺島博美(コトハ写)