AYUMI ARCHITECTS AND DESIGN

難所だからこそ敢えて進む
先にあるのは最上の空間

景観の良い場所であるがゆえに、
土地は傾斜し、制限もある場所。
でもだからこそ、素晴らしいものが
生まれてくるのではないか。
土地や太陽の光に問いかけ、
住まう人の想いに応える。
若い感性と熟練の技術力、
設える人の緻密さと心意気。
それぞれの専門家が力を注ぎ込み、
互いに問いかけと試行を重ね、
細部にわたり磨き上げることで、
導かれた答えがここにあります。

STORY

狭小地を思わせない豊かな空間。
外観とディテールに思いを体現。

都心からほど近く、視線の先には山が望める静かな住宅街。傾斜地であり風致地区にある狭小地という、住宅建設には難易度が高い土地。ここに、コンクリートの質感だけで上質な表情を見せる、洗練された住宅が完成しました。
オーナーの高倉さんは、アユミ建築設計代表の伊東と縁が深い、建築と家具に造詣が深い方です。高倉さんと伊東、そして当社の新進気鋭の設計士・菊田梨紗が、この難敷地に挑み、希望の詰まった住宅を完成させるまでのプロセスについて語りました。

高倉 考志(たかくら たかし)

株式会社Next-a 代表取締役
宅地建物取引士・二級建築士

札幌市出身。専門学校卒業後、不動産会社に18年間勤務し、企画、売買、管理、仲介と分野の異なる業務を幅広く経験。設計事務所勤務を経て、2014年にそれまでの経験を生かし、次世代(Next)に受け継がれる価値ある不動産を扱う株式会社Next-a(不動産企画・仲介・賃貸業)を設立。

難易度の高い土地が持つ可能性に挑戦
オーナーの高倉考志さん
高倉さんが家を建てようと思ったきっかけは何でしょうか?

高倉考志(以下、高倉):以前はマンション暮らしをしていましたが、新型コロナウイルスの影響から家で過ごす時間を見直すようになりました。
複数の階層があって上下に広がりのある豊かな空間や、プライベート空間と隔てた仕事用スペース、子どもが遊べるテラスが欲しいと思うようになり、妻とも話し合い家を建てることにしました。
私は不動産物件を企画する仕事をしているため、土地は自分で探しました。街中からのアクセスが良く、静かで治安の良い場所を求め、探し当てたのが今の土地です。ただ、傾斜地で風致地区の建築規制もある狭小地という難しい場所でした。

そこで、伊東さんに相談を持ちかけました。伊東さんとは以前の職場が一緒で、お互いに独立してからも私が企画した不動産の設計を伊東さんにお願いするなど10年来の密なお付き合いがあり、相談したのも自然な流れでした。
伊東さんは住宅のほかマンションや病院など幅広い経験があり、独立されてからの進化も見ていましたので、自分が思うものを形にしてくれると信頼感がありましたね。

当社代表 伊東祐一

伊東祐一(以下、伊東):最初、お話をいただいた時は「大変な課題が来た」と思いました(笑)。ただ、高倉さんと仕事をしてきた中で、良いものを見極める方だとわかっていましたので、質の高い建物が作れる可能性も感じました。

高倉:細長い土地である上に、風致地区で隣地から1.5m離さないといけないという建築制限があり、複数の会社が住宅を建てようとして、難しくて諦めたそうです。伊東さんに相談する中で、法規的なノウハウを駆使して最大限建てられる大きさを検証し、希望の間取りで建てられると判断したので、購入に踏み切りました。

伊東:建設が決まり、当社の菊田に担当を任せることにしました。菊田は前職で集合住宅の設計に携わった経験が豊富でしたし、若い女性の視点が加わってより豊富なアイデアが出せると思い、高倉さんにも申し出た上で私がバックアップしながら取り組むことにしました。

当社の設計士・菊田梨紗(二級建築士)

菊田梨紗(以下、菊田):住宅を設計したいと強く願っていたので、お話をいただいた時はありがたいチャンスだと思いました。子どものころから、お客様に感動していただける住宅を設計することに憧れていたんです。

傾斜地を生かしたスキップフロア
床と天井の高さを変化させ、上下に広がりを感じる空間に
土地の難条件をクリアし、高倉さんのご要望をどのように叶えていきましたか?

高倉:1階の玄関土間に事務所スペースを置くこと、カーポートを置くこと。2階以上で上下に広がりのある空間を作ることとリビングを吹き抜けにすること、庭やテラスのようなスペースを作ることです。この要望は、すべて満たしていただきました。
最終的に、1階は玄関と事務所と和室、2階はリビングとダイニング、ユーティリティー、3階は寝室とテラスという3階建てになりました。

菊田:ご要望の間取りを叶えると共に、傾斜地を克服し生かす必要がありました。そこで、各階をスキップフロアにし、床と天井の高さを変化させることで空間の広がりを作っていきました。高天井にしたことで吹き抜けのような開放感を感じるリビングになりました。

伊東:この難敷地に挑むには、コンクリートは欠かせない素材でした。木造なら1階はカーポートにせざるを得ませんでしたが、耐水性が高いコンクリートは地面に埋めた状態で部屋を作ることができるので、スキップフロアを構成することができました。天井の20センチ上には上の部屋があるという薄さ、階段の薄い形状も、躯体と一体で打つコンクリートだから実現できたものです。
コンクリートは施工に神経を使いますが、造形性と自由度が高い素材です。施工は高倉さんが普段からお付き合いしている株式会社エフリードにお願いし、現場の所長が丁寧に管理してくれたおかげで綺麗な仕上がりになっています。

コンクリートを生かし、上質を感じるデザイン
コンクリートで作った表情が印象的なファサード

高倉:コンクリートは不動産企画という自分の生業に関わるものなので、自邸にも取り入れたいと思っていました。キッチンや寝室の壁、玄関、階段など、至るところに打ち放しのコンクリートを入れてもらったところが気に入っています。
デザインは好きな建築物の写真をお渡しして、そこから着想してオリジナルに落とし込んでもらいました。

菊田:明確な参考写真があったので、イメージもしやすかったです。全体的に生活感を感じない空間を目指し、1階は和モダン、2階は飲食店のような雰囲気になるよう色や素材を選びました。
外壁はタイルや塗装を使わずコンクリートの表情だけでファザードを作りました。本物の木材を使ってコンクリートに木目の模様を付けて仕上げています。窓枠にも色を使わず、形状だけでデザインをするのは難しかったですが、コンクリートの重厚感を生かし、シンプルで特徴的なモダンデザインになったと思います。

伊東:窓や開口部のバランスを調整し、コンクリートで逃げの効かないピュアなデザインを成立させています。住宅ではなかなか取り組まないところまで追求していますが、施工会社のエフリードもそれに応えて作り込んでくれました。
カーポートは自家用車の長さに対して奥行きが少し足りなかったので、役所に交渉しながら認められる範囲を探りつつ、風致地区の緩和を利用して庇を付けました。それが、結果的に外観の格好良さにもつながっていると思います。

1階は、オーナーこだわりの土間スペースと和室
玄関は仕事とプライベートの動線が自然に分かれる造り

高倉:1階のオーダーは、「玄関に仕事ができる土間スペースが欲しい」でした。土間にデスクを置き、仕事スペースとして使っています。
仕事スペースはほどほどに篭り感があり、階段室の吹き抜けのおかげで明るさもあります。どこを見ても気に入ったデザインです。

菊田:傾斜地を生かし、カーポートを一番低い位置に、玄関がそこから1段高く、もう一段上がった応接用の和室スペースは特別な空間に。高低差すべてに意味を持たせました。
デスクを置く場所は、吹き抜けやカーポート側に開けた窓からの光が当たる場所に。玄関は、家用と仕事用の導線を分けることを意識しました。収納ボックスを置いて左右の導線を作ると共に、間接照明と段差処理を生かし、仕事関係のお客様はデスクがある事務所側から玉砂利と軟石を敷いた和の空間を一段上がって応接の和室へ。家族と一般のお客様は家用の玄関にまっすぐ上がるように、自然に誘導するように作りました。

座椅子と地窓で隠れ家的な雰囲気を醸し出す和室

高倉:ちょっとした用事なら、靴を脱がずに土間で簡単に済ませることができます。時間をかけて話をする場合は特別な空間である奥の和室へ。当初のプランでは洋室でしたが、一段上がった寛げるスペースということで、思い立って和室にしてもらいました。訪ねてくる人も面白がってくれています。
和室には、道路側から見える唯一の窓となる地窓を付けました。凝った造りの和室に間接照明と窓からの景色を入れ、雰囲気に合う座椅子を選ぶことで、旅館や和食屋さんのような雰囲気になったところも良いですね。

小さなスペースを生かしたリビング、ダイニング
リビングからダイニングへつながる空間は機能的かつ開放的に

高倉:妻の希望だったのが、ダイニングとキッチンの使い勝手を考え、一直線につなげることです。これも組み合わせをいろいろ考えて採用していただきました。同じ2階のユーティリティーも脱衣所を4畳半と広めに取っていただき、リビングがなくなるのでは、と思うくらいでしたが、結果的にリビングのスペースもしっかり取っていただき、さらに天井の高さをとることにより、実際よりも広さを感じる仕上がりになりました。遊びに来たお客さんにも、10畳もないほどのスペースだと言うと驚かれます。

菊田:2階のキッチンからダイニングの流れと、脱衣所、リビングの納まりはかなり試行錯誤しました。最終的に、タテのキッチンとヨコのリビングにすることで落ち着きました。ダイニングが廊下の役割を兼ねるようにしたり、階段室がユーティリティーの前室の役割を兼ねるようにしたりと、重複させることでスペースを有効活用しました。

2階のリビングからダイニングに上がる段差部分は、通常は全面階段にしますが、「両サイドだけ上がれるようにすればいい」というプランにすることで、それ以外の部分は椅子のように座れる高さにしました。

高倉:この長いダイニングテーブルは、小さな家には入らないと諦めていましたが、その座れるスペースのおかげで入れられることになりました。これで7人が座れるので、限られたスペースで親戚がそろっても寛げます。
収納はキッチンからダイニングの壁際の棚を広く取ってくれたので、キッチンは広く感じ、子どものおもちゃなどもそこに入り、リビングはいつもすっきりと片付いています。

差し込む光を計算し、明るい空間に
計算された階段室からの明かりで2階全体が明るく

高倉:プライバシーを重視するため、道路面には窓を極力作らないでほしいと要望しました。

菊田:その条件で光を最大限取り込むため、後ろ側に当たる南東側、吹き抜けになっている階段室に縦に大きな窓を作りました。窓からの光が差し込むようにすることで、リビングを広がりと共に明るさのある空間にしています。光の入り方は日付と時間ごとにCGで検証しながら作っていきました。

伊東:階段の位置も肝ですね。それで2階の動線を整理して、階段室の吹き抜けが光のボックスになって家全体にうまく光を回しています。菊田にあちこちに階段がある図面をいくつも検討してもらい、最終的に「これが良い」となりました。階段を中心にすべての階がつながる全体構成を見出すまでの作業に時間を要しましたが、最適な答えが見えました。

高倉:階段の納まりや手すりの支え、照明に照らされた時の影など、出来上がったものをみてすごいと思いました。
さらに3階部分で、外で過ごせるテラスが欲しいという要望も叶えてもらいました。

伊東:当初は最上階の上に屋上スペースを、と考えていましたが、小さい子が気軽に出られる安全性がないと活用できないと思い、3階から出るプランにしました。屋上を作るよりコストも下がります。テラスは9畳くらいの広さでゆったり過ごせ、日当たりの良い向きで、窓拭きも楽にできます。

高倉:屋外用の椅子を置いて、夏にはバーベキューをするのが楽しみです。妻が外で布団を干したいと言っていたので、主寝室から直接出られる間取りにしてもらいました。大きな窓でつながっているので、想像以上に広く見えます。

CGを駆使し、想像がつかない建築のイメージを共有
前例のない建築だったため詳細なCGがイメージ共有に活躍
打ち合わせはどのように進めていきましたか?

菊田:高倉さんからご要望をいただいて、私たちがプランを提案し、そのプロセスを繰り返しながら一緒につくっているという感覚で常に議論を重ねました。

伊東:プランの打合せは何十時間かけたかわかりません。高倉さんには現場会議にも参加してもらいました。対面の打合せばかりでなくオンラインでのやり取りも重ね、細かいディテールの変更やデザイン変更、追加を繰り返しました。
そして、菊田が精度の高いCGを作ったことで 、イメージがしにくいスキップフロアの建物でもイメージが共有できたと思います。CGは縦、横、高さに加え色や質感など、あまりにも情報量が多いので、作るのはとても時間がかかります。それを熱意を持って作ってくれたおかげですね。

高倉:CGで形が明確につかめたので、内装を具体的に判断できました。玄関に設置した特徴的な収納ボックスには、CGに花瓶と花を載せてくれて、とても印象的でしたね。竣工後、おしゃれな花屋を探して訪ね、CGを見せて「こんな花瓶と花を」と伝えて購入し、イメージ通りの空間ができました。

伊東:高倉さんが、私たちのアイデアをしっかり受け止めてくれるので、提案したくなる空気感があり、そこが私たちのモチベーションにもつながりましたね。
工事に入ってからも、品質がさらに確かになったと思います。所長も予算の範囲内で案を出してくれました。

高倉:当初、妻の要望だったホテルライクな洗面所は予算上諦めていたのですが、所長のお力添えでメーカーに交渉してくれて、希望通りの形状になりました。和室の設えも本格的にグレードアップしましたね。

難条件をクリアし、機能性を組み込んだデザインに
スキップフロアの段差は腰掛けるのにちょうど良い高さに
完成してみて、振り返ってのご感想はいかがでしょうか。

高倉:家全体が想像以上に明るく、上下の広がりの豊かさを実感できます。形状やスキップフロアの場所ごとの高さなど、ディテールが凝っていて、さらに使い勝手も良い。機能性が落とし込まれたデザインに仕上がっており、感謝しています。

菊田:念願の住宅設計に携わらせていただき、初めてでわからないこともたくさんありましたが、高倉さんと伊東社長、施工会社の皆さんにいろいろと協力していただき、完成にこぎ着けることができました。CGの作り込みに悩んだのも良い経験になりました。
今回、インタビューを受けるにあたり、初期のプランやオンラインチャットでのやりとりなども見返してみて、私の提案に対する高倉さんからの丁寧なお返事に改めて感じ入るものがありましたし、今日は喜んでくださっていることをお伺いでき、こうして住まわれている空間が見られて良かったです。
高倉さんのお宅を原点として、これから頑張っていきたいと思います。

伊東:大切なパートナーである高倉さんに役立つことができたなら、大変うれしく思います。私たちも身骨を砕いたので、得たものは大きいです。
難しい建物でしたが、菊田も一生懸命頑張り通してくれました。これからの長い設計人生にも生きてくると思いますので、この大きな原点を思い出して頑張ってほしいですね。

  • 文:細川美香(合同会社ハーヴェスト)
  • 写真:寺島博美(コトハ写)